11月4日 | 鬱病・アルコール依存症の兄と依存症候補?の私の勝手な日々。

11月4日

さて、月日は経ち、もう11月です。7月の事件依頼暫らくは静かにしていたようですが、十月に入って、兄に変化が現れ出しました。部屋を探したり、出た後の仕事を探したり、週末ともなると出歩き始めました。多くの借財も気になるようで、よく電話がかかって来るようになり、終に今週ご対面と相成りました。

随分と痩せて頬が落ちこみ、年寄りっぽくなっていました。表情は相も変わらずちょっと能面を思わせる感じで喜怒哀楽がはっきりしていませんが、話し言葉は呂律が回らないものの、言いたいことは分るように表現できます。しかし、問題はその内容で彼自身の問題の提起と解決の方法です。 問題は彼自身の飲酒にあって、それを否定することは少なくなりましたが、その飲酒の否定の原因が病院にであって、家庭が壊れた悲劇とか借財を作ってしまったことからの後悔ではない事に私は驚きました。 「あんな病院には、二度と入りたくない」という理由で飲酒を止める動機付は筋違いで、迷惑をかけた周りの人や以前掛かっていた精神科の先生に対する謝罪ではなく、個人が病院に居ることの苦痛によって飲酒を繰り返さないと言う単純な動機によってでは、どうやら、今後も怪しい感じがしてくる様で、完全に信じることは難しい状況です。

 今後の話でも、自分を中心に話を進めるために、社会性を感じることが出来ないばかりか、アルコール依存症による社会の患者に対する取り扱いを知らないのでしょうか、かなり甘い考え方で仕事などを見ているようです。就職は以前より市場は広がって緩和されているとはいえ、まだまだ、一般の人にも余談を許せる状態ではありません。しかし、誰かが雇ってくれるだろう、きっと何処かに仕事はあるだろう。という安易さが漂っていて、もし、彼の意志が通らなくなった時を考えると、、、。 もともと、仕事に対しても甘い感覚が在ったのですが、一人前以上にプライドが高いこともあって、元の公務員に戻れると思っている彼の姿は、私には悲しく見えます。既に視力も0.02で私の書いた文章もまともに見えない男がどうやって細かい数字を見たり扱ったり出来るのでしょうか。 ある医学書によるとアルコールで犯された視力に拘る視神経は二度と回復することはないと書いてありました。  このような状態でも話し合いでしたが、私自身、彼の今ある希望を打ち砕くことの残酷さをして良いものかどうか迷った末に何も言いませんでした。しかし、どうでしょう。退院して現実の社会の冷たさ若しくは社会の常識に直面した時、必ず、彼の眼の問題や言葉のハッキリしない問題は就職において露見することでしょうし、それによって自棄になる彼の姿が眼に写るように明らかな場合には如何なる対処が良いのでしょうか。

 病院は退院と言う彼との関係を絶つ手段をもっていますが、我々家族には一生彼の問題を共に抱えなければならない[血」の繋がりがあるのです。


 彼は話の中でこんなことを言いました。

「もう、いい。俺ひとりで生きて行くから、俺のプライバシーに触らないでくれ!!」

 私は悲しさと怒りに任せてこう切り替えしました。

「あんたは自分のやってしまった事を何も理解してない。あなたを抱える兄弟・家族がどれだけ苦しみ、そして心配し、それによってあなたが覚えていないと言う間にどれだけの問題があって、それの解決にどれだけの労力が要ったか、そして、その問題はまだ未解決で、あなたひとりでは解決できないことも。だからはっきり言うけど、あなたにはプライバシーなど存在しないし、逆にこちらのプライバシーに対して起こった様々な事由をあなたはどう責任を取ると言えるんだ。いい加減な権利を振り回すんじゃない!義務も果たせないものが都合の良いことをいうものではない。」 

彼は不満そうにして帰って行った。 次の日には彼からの電話が鳴り、AA会に出るための交通費の請求をしてきた。